55-5-3(『調停される』 11/13)



 これまでデュシャンの研究本において、『調停される』の図版がほんの少しだけ引用 されてきた。そこにもあるように、キング同士は離れていても見合いの状態にある。間 にポーンや空のマス目があっても、キングはやはりオポジションの状態で見合っている とされる。キングは時に、他のポーン越しに向こうのキングを遠目で見る。それはやは り「遺作」のイメージにかなったものだ。「遺作」でもまた、ダビンチのモナリザのよ うに、つまり空気遠近法で描かれたあの世界把握の技術開陳の絵画のように、手前の女 性の裸体の向こうに寂しい風景が描かれているからである。
 つまり、女性の裸体がキングとは限らないということだ。それをクイーンになること が出来ずにいるポーンと考えることも出来る。かつて55-2-6で「大ガラス」から“ポー ンがクイーンになる瞬間”のことを考えた。ルーセルとからめて、それを考えてもみた。
 ここでは、「ヘテロドックス・オポジション」という言葉が持つイメージから、あの 裸体を考えておきたい。ヘテロを性に関連させて“異性転換”と見るのである。する と、当然デュシャンの女性形であるローズ・セラヴィの存在が浮かんでくる。のぞく側 に僕はデュシャンを置いた。こうなると、の ぞかれる側にもデュシャンがいることになる。ただし、女装をした姿で。もちろん、実 際にホモセクシュアルだったルーセルの影をそこに見てもいい。
 あの裸体の女性器は通常ではあり得ない形で裂けている。昔からそれが悲惨な暗いイ メージで記憶されている。しかし、ついこの間「ヘテロドックス・オポジション」を “異性転換”として考えていたとき、左手で掲げたランプが男性器に見えたのだった。 抜かれた男性器/抜かれて裂けた男性器の跡としての女性器、あるいは男性器を装着す るために裂いた女性器。つまり去勢、あるいは反去勢。光の明滅のように、性を明滅さ せる身体。そうしたヘテロドックスな明滅を繰り返す身体と“見合う”こと。
 オーソドックス・オポジションに対して、ヘテロドックス・オポジションを研究する デュシャンのある種のユーモアは隠しようもなく存在している。
    



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