55-5-2(デュシャンのその本 11/13)



 とうとうデュシャンのその本を今日、買ってしまった。
 限定千部で1932年に発売されたチェス研究書の初版。幸いなことに古書店の若主人 はなんと僕の事務所の名前まで知っており、御厚意で少し安くしてもらうことが出来 た。おそらくこんな奇妙な本は、いかにデュシャンの稀覯本とはいえ誰も持とうとは しないだろう。そういう意味では哀れに思ってくれたのかもしれない。
 さらに幸いなことに、本はあらかじめフランス語の文章をいちいち英語と独語に訳 してあったのだった。これから時間をかけて訳し、55ノートの中で公開していこうと 思う。
 その前に、まず何よりも先に報告しなければならないことがある。
 この『Opposition and Sister Squares are reconciled』(正式な英語タイトルは こうある)は、あの「レシキエ」が発行したものだったのである! つまりまさにあ のタルタコーバが主宰していたチェス雑誌を出していた会社、ひょっとするとタル タコーバ自身が経営していた会社なのだ。
 1932年、タルタコーバは一方でこのデュシャンのチェス研究書にかかわり、その一 方でルーセルの定跡発表の後押しをしたということが明確になったのである。

 また、洒落た表紙にも扉にも『Opposition and Sister Squares are reconciled 』という内容のフランス語がある。しかしタイトルにそのまま「by」の字が付いてい るのである。表紙ではフランス語だから「par」。そして裏表紙に続けて「DUCHAMP ET HALBERSTADT」。扉でも「par」「by」「durch」までがタイトルに含まれてお り、つまり、まるで『彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁さえも』の、「even」 のように働いているのだ。正式タイトルが英語でいえば『Opposition and Sister Squares are reconciled by』となっているのである。

 図版の多いこの本をパラパラと見ているうち、もうひとつわかったことがある。前 章で僕は「ヘテロドックス・オポジション」を「異端のオポジション」と訳した東野 芳明は考えすぎであって、それは単に「色違いのオポジション」とすればよいと書い た。だが、この本『オポジションと“キング支配の特殊マス目”問題は調停される、 によって』(こう訳し直そうと思う)は、明らかに特殊なオポジションを研究したも のであり、単純に色の問題に終始することが出来ないことがわかったのである。むし ろ、「異端のオポジション」がチェス的に正しい可能性もあるのだ。この部分、訂正 する。
「色違い」のマス目の法則がはっきりと明解に関係しているのは、まずルーセル定跡 であって、『調停される』(以後略してこう言おう)の内容は留保されなければなら ない。



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