
55-4-6(オポジション1 99/11/4)
ここからはしばらく、デュシャンと「遺作」、そしてチェスについてゆっくりと語 りたい。以前、デュシャンの遺作が一九三二年に書かれた大著に関係していると書い た。このこと自体は僕が初めて言ったことではない。偉大なる先駆者、東野芳明氏が 『マルセル・デュシャン「遺作論」以後』の中に書いている通り、ミシェル・ビュ トールがその関連を説としているのである。
そのデュシャンの大著『L'Opposition et les cases conjuguees sont reconcilies』(アクサンタギュがつく位置は、フォントの関係で申し訳ないが表記 しない)は、これまで日本で『見合い(オポジション)とチェス盤の互いに対になっ た目が和解する』(東野芳明)、『対立と結合する升目は和解する』(北山研二)な どと訳されてきた。すでに「デュシャン対ローズ・セラヴィの架空棋譜」の項でも述 べた通り、“チェス盤の互いに対になった目”とは英語でシスタースクエアと呼ばれ るものであり、「ポーンしか残っていない終盤戦においてツークツワンクが生じた場 合の、キングが支配するマス目」のことである。
キング同士がにらみ合う終盤戦の形。その場合において、両キングの支配するマス 目が“和解する”とデュシャンは言う。この“和解”がもっと簡単なチェス用語であ ることは予測できるが、ひとまずここでは解決すると考えておけばいいと思う。なに しろ、それはチェスに関する大著なのだ。実戦的な言葉であったろう。さて、その実際は『見合い(オポジション)とキングのマス目問題の解決』と訳さ れるべき本について、東野氏は次のようにピエール・ド・マッソという人の要約を引 いている。長いのだが 、ひとまず付きあっていただこう。なんとなく読んでくれれば いい。
「この本は、チェスの終盤戦の、きわめて特殊な場面についてのもので、両方の “王”とほんのいくつかの“歩兵”だけが盤に残り、あとの駒は全部消えうせた場合 である。そして、この“ばらばらの歩兵”の状況で、“歩兵”はブロック(足止め) され、二つの“王”だけが動けるという、さらに特殊な状況だけが主題になってい る。この状況は、ドイツ語でZugzwangと呼ばれ、いくつかの動きが、限られた数だ け可能であるという、手詰まりの位置を指す……著者たちは、黒の“王”と白の “王”の動きの同時性をはじめて指摘したひとたちである。この同時性の問題が、 延々と分析され、二人のシステムの根底を形づくっている」
Zugzwengはつまり例のツークツワンクのことである。「着手強制」と訳され、相 手がそう指さざるを得ない状態にすることだったことを思い出せば足りる。白黒どち らかが相手をツークツワンクにはめる。しかし、その手によって互いにひとマス置い て対峙してしまった相手キングは、それ以後ツークツワンクの手を繰り返す。あとで また、くわしく説明するが、単純に考えると、白キングが右に行けば黒もついていか ざるを得ないのであり、しかしついてきてしまえば白は上に動いても下に動いても “自分が始めたツークツワンクによって追いかけられ続ける”ことになる。
とりあえず、この“自分が始めたツークツワンクによって追いかけられ続ける”こ とが、デュシャンとルーセルの秘められた関係に似てはいないかと想起をうながしつ つ、次の引用に進もう。
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