
55-8-2(「アイヴァンスとデュシャン」その1 2/21/2001)
ウィリアム・ミルズ・アイヴァンスは、正式にはウィリアム・ミルズ・アイヴァンスJRという。 昨日着いた『美術と幾何学 空間直観の研究(ART&GEOMETRY a study in space intuitions)』 という本によると、そうなる。アマゾン・ドットコムでは『On the rationalization of sight』が入手 出来ず、先にこの本を買ってみたのである。
しかし、この本においても、第六章ですでに「アルベルティ」の名が出てくる。 それもかなり刺激的な文脈で。少し訳してみよう。 アイヴァンスは、アルベルティの遠近法理論が実践的な観点で追求されていることを讚え、また形式の シンプルさを誉めながら、やがて以下のような文章を書く。
『彼(アルベルティ・訳者注)は目的にぴったりの大きさの長方形の箱を取り出し、フタ、一方の端、側 面のひとつを外した。残った端の中央に、フタ側に向かった(?・訳者注)ノゾキ穴を作り、一方の端の 底部にはちょうど同じ大きさの方眼紙(checkerboard)を置いた。このノゾキ穴を通して方眼紙を見る と、それが先端を切った円錐の閉じられた領域の形を取っているのがわかるのである』
「先端を切った円錐」は幾何学上の問題で、前の文脈からつながっているものであるが、ここで重要なのは 当然のごとく、ノゾキ穴と方眼紙のふたつだ。それはまさしく、デュシャンの『遺作』を暗示するからであ る。 どうせ苦労するなら『On the rationalization of sight』を訳したいので、今はこれ以上深入りしない が、アイヴァンスのアルベルティへの理解は、直接デュシャンに影響を与えたものであるに違いない。ちなみ に、『美術と幾何学』は1945年、終戦の年に出版されたものである。
こんなことがどこかに書いてないはずがないと思い直して、尊敬する(というか、この遅々としたノートを 捧げもしている)東野芳明氏の『マルセル・デュシャン「遺作論」以後』をぱらぱら再読してみると、そこに こうあってため息が出た。 『いや「大ガラス」や「遺作」を、遠近法の古い文献と克明に対比分析したジャン・クレールによれば、ル ネッサンス期の遠近法研究で、距離や角度や位置を確定するために、床に方眼紙のパターンが使われた伝統 が、この床にも受けつがれていることになる』 しかも、その『デュシャンと遠近法理論家の伝統』は1977年二月号の『エピステーメー』で邦訳されてお り、同じ号にはミシェル・ビュトールの、「遺作」をオポジションと結び合わせたものさえ載っているので あった。これはどなたか見つけたらコピーでもいいので送っていただきたい。お願いします。
まったくのろい歩みである。あちこちからヒントを見つけ出して、時間をかけながら肉薄しようと思いき や、それはすでに日本で考えられている。だが、むしろこの遅さを誇りに思わなければ、と僕は考えもする。 自分の足で少なくとも近づいているからだし、このように頭の中であれこれと考えているとき、デュシャンが 言った網膜的絵画ではない美術の苦しい快楽を僕は感じるからである。デュシャン作品には、こうして「考え ること」の悦楽がある。
さて、アイヴァンスも『美術と幾何学』で触れている通り、この方眼紙による遠近法は中世にデューラーが 使ってもいたものなのだが、それをアルベルティの難解な文章(アイヴァンス自身「難解だ」と書いている) からノゾキ穴と箱の構造として取り出したのがアイヴァンスであり、またデュシャンなのだと言えないか。そして、さらに僕は思う。 アイヴァンスが具体化したルネサンスの方法論をそのまま作品化するなどということはデュシャンにはむろ んあり得ない、と。とすれば、遠近法のノゾキ穴理論を、チェスのオポジション研究によってたどり着いたな んらかの数学によって変換したのが、まさしく「遺作」なのだ。 そこにはルーセル定跡の影もやはりまだちらついていると見ておかなければならない。可能性を限定するに はまだ早い。アイヴァンスとの隠された交流についても、何か証拠が出てこないとも限らないし、もうひとつ 『55ノート』にとって重要なキーであるアナグラムとの関係も捨ててはならない。
のろまの僕がしてはいけないことはただひとつ。
馬鹿なデュシャン研究者のように一刀両断に「チェスはデュシャンにとってただの娯楽である」と、証拠も なしに断定することのみである。名前を挙げれば数人いる。彼らは僕のようにのろのろとタルタコーバの名に もたどり着きはしないし、アイヴァンスに熱狂することもない。いちから考えないで、評判だけで判断するや つら。 やつらへの軽蔑だけを頼りに、こっちはまたぐずぐずと進もう。気がたったときには、アイヴァンスが委任してニューヨークに建てたパーク・ロウ・ビルの姿を見ると落ち 着く。 ここに写真がある。 「これ以上何も足すことの出来ない、意義のなさの果て」と評されて、一部の古典建築好きに愛されたというビル。 その透明さ、無関心さは、デュシャンの趣味に限りなく合ってはいないだろうか。
ともかく、この項目は『On the rationalization of sight』が届くまで書き足されない。 今日、古本サイトが「送った」とメールをくれたところだ。
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