55-3-10(ジュラ旅行とジュネーブ)



 地図を見る。ジュラからジュネーブまではほんのひと息である。俗流科学的な色彩論を唱え るフルールノアのことを、もしもジュラ旅行の四人のうちの誰かが知っていたなら……と僕は 想像する。彼らがジュネーブ大学を訪ねることになんの矛盾もない。いや、むしろそうある方 が自然だとさえ言える。だからこそ、僕はデュシャンらがフルールノアの同僚たるソシュール の講義に耳を傾ける図をうっとりと思い描くのだ。

 第三回講義をノートにしたコンスタンタンはその要約ぶりで最も優秀な生徒と言われてい る。ところが、その後コンスタンタンは言語学の世界から忽然と消え、行方がわからない。ソ シュールをめぐる謎のうち、これは大きなミステリーのひとつである。そこでつい僕は、コン スタンタンはデュシャンだと言いたくなる。

 なにしろ、のちの『大ガラス』は上下に分かれており、上部に「原型樹木」と呼ばれる箇所 があるのだった。様々批判はあれ、『一般言語学講義』には、バーの上に樹木の絵を描き、下 に「arbor」と記した有名な図形が登場する。原資料には出ておらず、シニフィエが樹木とい う事物そのものだととらえかねないため、あり得ない絵だとされるのだが、いまだ言語学入門 書に頻出するこのシニフィアン・シニフィエの基本的な説明法は、なぜか芸術の世界に言語を 取り込もうとしたデュシャンの『大ガラス』に似ている。

 そもそも、かの作品は言語が無意識によって撹拌されながら、やがて意識に昇ってきて不実 なパロールと”成る”瞬間を機械的にとらえたものとも言えるのだ。デュシャンによる”一般 言語学講義”だ。

 だが、残念なことに、デュシャンがジュラを訪れた前年、すでに一般言語学講義は終了して いる。ただ、第三回講義を終えたあともソシュールは大学で「ギリシア・ラテン語の起源」な どを教えており、僕の馬鹿げた想像の糸は完全には断ち切れずにいる。

     



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