南米の魂


   これは俺がはまった国ペルーへの、二度目の旅行のときに買ってきた仮面である。
 しかし、買った町の名前はすっかり忘れてしまった。
 石畳の道が縦横に走る要塞のような町。すぐ近くに絶壁の山があって、美しい水の流れる
小さな川があったのは覚えている。
 俺は友人のテレビ関係者と一緒にペルーを訪れており、要するに本編収録のロケハンとし
て自由に国内を動き回れることになっていたのであった。で、その町にたどり着いた。
 友人が簡単にビデオ収録をしておきたいから、適当に休んでいて欲しいという。それで俺
はその友人ディレクターが指定した食堂に入った。
 入った途端、この壁の上の方に飾ってあったこの仮面と目が合った。即座に「欲しい!」
と思った。
 面との遭遇。どれだけ仮面があっても、食指が動くか動かないかは最初の接触で決まる。
一期一会というのか、気合いというのか、なんだかわからないがどうしても欲しくなる仮面
というものがある。こいつはそれだった。
 明らかに過去の征服者スペインの文化影響のある仮面。ペルー古来の形なら、むしろ神で
あるジャガーをかたどってあったり、みやげ屋に並ぶタイプのインカ文明風の顔をしていな
くてはならないのである。
 ところが、こいつは白人の顔をしている。白人でありながら、ツノをはやされ、そのツノ
を南米的な色で塗られている。おそらく、祭りの中で憎き征服者側を演じ、しかし演じる過
程でいつの間にかひょうきんな役柄に転じてしまったような風貌なのだ。
 顔の部分だけ取れば、ヨーロッパの面といってもいい。つまり俺には興味のわかない類い
の面なのだ。それがツノをつけられた。その被征服側の想像力、伝承の力、祝祭にあらわれ
る粘り強いユーモア。そういったもののすべてが俺を興奮させたのであった。
 一回目の旅だったか、二度目だかは忘れたけれど、俺は石で作ったチェス盤も買って帰っ
ている。白の駒がインカ軍、灰色がスペイン軍をあらわしていると売り手は力説していて、
俺は山奥の道端で買ったのだが、これはみやげ屋などでも手に入る。
 インカ文明を壊滅させたスペイン軍進攻の歴史。それをインディオたちは忘れない。肝心
要の文明そのものはなんら伝承されていないのに恨みだけはいつまでも残り、それが仮面に
なったり、みやげ物のチェス盤になったりして生活の中に溶け込んでいる。
 俺はその卑小な残存、文明の残りカスみたいなものこそが現在触れうる唯一のインカなの
だと思うのである。ナスカの地上絵もすごいし、マチュピチュの遺跡も圧倒的だ。だが、そ
こには誰も生きていない。
 むしろ、過去の歴史を仮面化したり、遊び道具として語り継いだり、あるいは日々の糧と
して売り歩いたりする生活の中にこそ、彼らの力が生きて残っていると思うのだ。
 俺のような仮面好きには、インディオが長々と歴史を語らなくても何があったかがわかる。
そして、どのようなユーモアと悲哀をもって彼らが歴史上の惨事を眺めているのかがわかる。
 仮面がそれを如実に物語るからだし、そもそも仮面はそのために人類が作り出した記憶装
置なのである。
 



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