JULY

アルストロメリア

●七月のにじむ色/アルストロメリア(1999,7,20)

 インカのユリ、アルストロメリアはボタニカルライフのあちこちに顔を出しながら、そのデビュー以来くわしく語られたことがない。
 たぶんまず丈夫だからである。つまり心配をあまりかけない植物なのだ。おかげで放っておかれやすい。そして、理由のもうひとつは、しょっちゅう咲くこと。旬の見極めが出来ないために、今書かなければと焦らせないのである。
 逆に言えば、これほど育てやすく、これほど楽しみの多い植物はないわけだ。
 鉢に植えたままどこかに置いておく。調子の悪い時は細い葉が次々にしおれて枯れる。だが、枯れても根がやられるまでには至らない。
 気づいた時に適当に日にあてる。すると、やつは枯れた葉などどこへやら、スクスクと丈を伸ばす。そして、いつの間にか先にふたつ三つ蕾をつける。蕾は最初葉が丸まっているような具合で現れるから、見落としやすい。したがってこちらは他の植物に目をかけてしまう。そのうち、控えめな蕾はわずかにふくらんで花の色をにじませる。
 俺の家のアルストロメリアは基本がピンクなのだが、花には白も黄色も混じっている。だから蕾にもそれらの色がにじんでいる。若い蕾のうちはそこに当初の葉の緑が残り、なんと言えばいいか、そのにじみの入り交じり具合は作りかけの飴細工のようである。
 しっとりと表面が光っていて、しかもこの上なく新鮮。色というものがこの世に現れた瞬間は、ひょっとしてこんな風だったのではないか。まったく何もない無の空間に、色はこんな具合ににじみ出てきたのではないかとさえ俺は思うほどだ。
 考えてみれば、ある種の蕾はすべて同じように最初は緑を薄くしていき、次第にその花特有の色に染まっていく。蕾の表面、つまり開いた花の裏側にやつらは自らのアイデンティティをにじませ始め、俺たちに開花の時の美しさを予想させるのだ。
 植物はほとんど葉や茎の緑、そして根の茶色以外に色素を持たないように見える。それがある時を境に突然赤く、黄色く、青く、あるいは紫に白に、時には黒く花を開かせる。そのこと自体が俺にはとてつもない神秘である。神秘というのはつまり、科学的にどうなっているのかいっこうに理解出来ず、理解出来ぬまま胸を打たれるという意味だ。
 アルストロメリアはその神秘的な段階をわかりやすく提示してくれる。緑の蕾に包まれてパカッと開く花だと、我々はその中身がもともとは緑色だったことを忘れやすい。だが、アルストロメリアはにじむ。にじんで色素の現れを教えてくれる。同時に緑という色が後退してゆく様子も。
 今年の春から調子が悪くなったアルストロメリアを俺はいったん家の中に取り込み、風のあたる窓辺で静養させたのであった。その時に気づいたのだが、やつらは土から次々に茎をはやかすのである。今までなんで不思議に思わなかったのかがむしろ不思議なのだが、アルストロメリアは確かに増えていたのだ。
 また、やつはひどく調子を崩すと茎自体が黄色くなり、やがて茶色になってしなびてしまう。しかも、手をかけると意外なほどすぽんと抜ける。その先に根は付いていない。まるでゴボウか何かのように、抜けたきりなのである。
 抜いた茎の横あたりには新しい青々とした新人が出現している。そう言えば、かなりの本数を俺はこれまで抜き去ったはずなのである。それでもしっかりと欠員を補い、あまつさえ先に蕾をつけて色をにじませたりする。
 蟻の観察セットか何かの大きいやつがないだろうかと俺はこの一ヶ月ほど頭をひねっているのである。掘り返して観察して全体が弱ってしまっては困る。だからこそ、横からその根のない茎がどのようにして増えるのかを確かめたいのだ。
 なにしろインカのユリだから、球根ではないかと思われる。だが、球根が太って割れ、新人の育成スペースとなるシステムだからといって、例の「すぽんと抜ける」仕組みが説明出来るわけではない。むろん球根から抜ける時に跡を残さないという仮説は成り立つのだが、抜けた穴は球根としてどう処理しているのかがまた知りたくなる。
 こういう面白い現象を、しかもほとんど手間いらずで見せてくれる植物はそうそうない。咲けば咲いたでその小さな花は美しく複雑で、切り花としてもこの頃あちこちで見かけるほどなのである。
 今までいい加減に扱っていたくせに、俺はこの期に及んでアルストロメリアを推したい気分に満ちている。鉢植えがあったら絶対に買うべきだとさえ俺は言いたい。
 一応念のために言っておくが、茎は驚くほど簡単に折れる。生命力にあふれているわりに、さっぱりと折れてしまうのがアルストリメリアのいいところなのである。打たれ弱いというわけではなく、言ってみればさっぱりしているのだ。
”別に咲くなと言われるなら咲きませんよ、またいくらも機会はあるわけだし”といった感じで、やつらは次なる茎にバトンタッチをするのである。自分は折れたまんまで球根(たぶん)に命を吹き込み続けながら。
 書けば書くほどいいやつじゃないか。俺はその手のしつこくない人間が好きなんだ。まいったね、まったく。惚れましたよ、俺は。アルストロメリアに。
 そういうわけだから、だまされたと思ってその野性的で繊細であきらめのいい植物を是非一度育ててみていただきたい。
 あ、もうひとつ言っておくと、基本的に外が好きなやつだから家の中に閉じこめておくと失敗すると思う。なにしろインカのユリですからね。西日くらいはへっちゃらだ。

 

                   



INDEX

Copyright (C) SEIKO ITO , EMPIRE SNAKE BLD,INC. All rights reserved.